プロフィール

はじめまして。

せシうだBlogの管理人、せシうだ(@seshiuda6162)こと岩楯 風見(いわたて ふみ)です。

現在25歳。動物と関わる農業をしながら、最近このブログでライター活動を始めました。

好きなものは馬と農業、あと歴史。将来は大きな家で馬と暮らしたいです。

ブログ名の「せシうだ」は大学馬術部時代の愛馬2頭と私のあだ名をかけ合わせたもので、ペンネームとしてときどき使っています。

年表

1995年 生誕

1998年 長崎へ移り住む

2007年 都内の公立中高一貫校へ進学、再び東京へ

2014年 高校卒業後、埼玉で1年間の浪人生活

2015年 農学部へ進学(農村計画学)、馬術部に入る

2019年 大学卒業後、岩手の酪農牧場へ就職。菓子製造にも携わる

2021年 ライターを目指す

上の年表は、内面的なところがないので正直どうでもいいんですが、なんとなくプロフィールっぽいので入れてみました。結構色んな所に住んでますよね。まだ25歳ですが、現時点で20回近く引っ越しをしています。そういうところも、もしかしたら私のアイデンティティの一つになっているかもしれません。

ただの動物好き

小さい頃から動物が好きでした。

一番最初にそう思ったのがなんだったのか、もう記憶にありません。それぐらい昔からずっと好きで、理屈とか関係のないところで今でも大好きです。NHK「地球・ふしぎ大自然」という番組をご存知でしょうか?今は同じ枠で「ダーウィンが来た!」という番組が放送されています。放送期間はそんなに長くはないんですが、私の子ども時代の記憶に色濃く残っている、思い出の番組です。

特に、アフリカや南米などの日本から遠く離れた、しかも過酷な土地で逞しく生きる野生動物たち、ライオンやチーターが大好きな子どもでした。野生で生きる動物たちの、シンプルで自由に生き抜く様がとても魅力的に見えたんだと思います。

「動物が好き」、これは紛れもなく私の原点だといえます。

【私×動物】

動物たちの暮らしを守りたい

私が小学生くらいの頃は、環境問題に関する議論が活発になっていた時期でした。

南極大陸の氷が融けて海水面が上昇しているだとか、アフリカで大かんばつが起こっているだとか、地球温暖化が主な原因とみられる現象が世界中で起こり、人々に認識され始めたからでしょう。日本でも私が6歳の頃(2001年)に環境庁が環境省に再編されたりしました。

当時ブームだったアメリカ元副大統領のアル・ゴア氏の著作『不都合な真実』を毎日ランドセルに詰めて持って行っていたのを思い出します。なんであんな重いのを持ち歩いてたんだろう、、、

世間の環境問題への意識が高まる中で、私が真っ先に思ったのは動物たちのことでした。

苦しんでいる動物たちを救うために私は環境問題に取り組まなければ!と勝手に決心し、色々調べていくうちに、国連環境計画(UNEP)が出した第四次報告書の存在を知ったりしました。そして、私が環境問題に取り組む上で一番の近道は「国連に入ってバリバリ働くことだ」と考えるようになります。

なるべく頭のいい学校に進学して、国連に入り、世界を股にかけて環境保護活動をするんだ、と進研ゼミの夢を書く欄に書いたような書かなかったような、、、

ともあれ、そんなかたーいことを考える子ども時代を過ごしました。

【私×動物×環境保護】

環境保護?いや、農業だ!

地球温暖化だ、環境保護だ、とスケールの大きいことばかり考えていた私が、農業に意識を向けたのは、大学受験の失敗がきっかけだったと思います。

自分は勉強が得意ではないと認めざる得なくなり、私がやりたいことって本当にこれなんだろうか、と突っ走ってきた自分に初めてブレーキがかかりました。小学校高学年のときに進学先を決めて以来、実際には色んな体験をして考えも変わってきたはずなのに、自分の夢を疑ったことが一度もなかった、その違和感にここで初めて気づいたのです。

国連の職員になるということ自体はとても素晴らしいことだけれど、仮になれたところで、果たしてそこで私は輝けるんだろうか。こうやって机の上で勉強してかっこいいオフィスで地球の未来を案じる議論をすることなんだろうか。

親と予備校の先生と数人の浪人仲間だけに囲まれた、閉じられた1年間で、私の意識は競争社会からゆっくりと離れていきました。

再受験でも第一志望は変えませんでしたが、最後まで悩んだ滑り止めの第二志望に、農学部を選択しました。そして結局、私はそこに進学することになります。

【私×動物×環境保護×農業】

馬と、出会ってしまった

受験生活を終え、親元を離れての一人暮らしが始まり、晴れやかな気持ちに浸っていた私は、勉強もそこそこに浪人時代のモチベーションだった馬術部での練習に励むようになりました。貸家暮らしの実家ではペットすら買ったことがなかったので、馬術部に入れば思う存分ふれあえる!と意気込んでいました。他のサークルや部活動の勧誘に目もくれずに入学翌日から馬術部に入部したのです。

そうしたら、予想以上に馬に、馬術に、のめり込んでしまって、生活の中心が馬になりました。

朝4時に起きて車で1時間かけて馬場に通い、練習できるのは30分程。お世話や掃除で活動時間はほぼつぶれて、9時からの1限目に間に合うようにまた1時間かけて車で帰る。日中は授業を受けて、夕方から自分のバイト。朝が早いので夜はすぐに寝て、土日は馬のエサ代を稼ぐための泊まり込みバイト。

最低限の暮らしをするだけなら社会人の今の方がよっぽど楽だと思えるほど、大学時代は忙しくしていました。馬術が楽しすぎて授業中も馬のことを考えていたし、何かにのめり込む時って本当に頭がおかしくなるんですね(笑)

なんでこんなに好きなのか。自分でも馬に関してはおかしくなっている自覚があるのでよく考えるんですが、

「生理的に好き」×「言葉が使えないからこそ築ける関係がある」

ここに集約されるのでは、と現状思っています。

馬に出会って、本当にたくさんのことを教えてもらいましたし、傷つけ、傷つけられ、学んでいく、というそれこそ人間関係と同じことを、馬というスペシャルな生き物から学びました。人生を変える出会い、馬との出会いはまさにそれでした。

【私×動物×環境保護×農業×馬】

正しい情報を発信したい。長崎育ちの私にとっての「BTS 原爆Tシャツ問題」

2020年11月に音楽だけでなくコンセプト、構成、デザインに至るまでメンバーが直接参加したアルバム『BE』を発売したBTS。大ヒット曲『Dynamite』も収録。

唐突ですが、私は韓国のボーイズグループBTSが好きです。

こう言うと、けしてあたたかくはない目を向ける人がいることは知っています。

語り出すとオタクの戯言が長くなるので一言でまとめると、私にとって彼らは、人生の大事な時期に出会った家族のようなアーティストです。おそらくこれは、他の多くのファンの方にとってもそうで、アーティストだけでなくファンダム全体にあるあたたかい空気が私は大好きです。

BTSのファンであるARMYたち
アメリカの年越しイベントに駆けつけたファン達。ARMY(BTSのファン)は性別・人種・価値観の異なる多くの人たちによって構成されている。

ところが、日本ではBTSというと、なんというか、お騒がせアイドルのように思っている人も少なくないと思います。

その発端は2019年11月にSNSから拡がった原爆Tシャツ問題。

メンバーのJIMINが、ファンからのプレゼントとして受け取ったTシャツを着ている(実際に来ていたのは問題になるよりも少し前のこと)ところが取り上げられたのですが、そのTシャツに原爆投下の写真がプリントされていたのです。ここまでは知っている人も多いと思います。

BTSはこのとき日本でのドームツアーを控え来日していましたが、騒動によって予定していた音楽番組への出演がなくなり、ファンである私たちは公演初日に彼らが東京ドームのステージに立つ瞬間まで、複雑な気持ちを抱えたまま、公式の発表を待ち続けました。

私自身は公演初日のチケットは当たっていませんでしたが、私も含めその場にいないファンの多くが、公演が成功裏に終わることを願ってSNS上で励まし合っていました。ずっと見てきたファンとしては、彼らが戦争という人の死が伴うことを軽く扱ったりするような人たちではないと信じていましたし、今回の事態も故意ではないのだろうと思っていました。ただ、世間に注目を浴びる人間として、自覚の足りない行動になってしまったのも事実でした。ファンが求めていたのは、問題が起きた後の対応。「どうかこれ以上、誰も傷つけずにいてくれ」、「胸をはってあなたたちのファンだと名乗らせてくれ」そういう切実な想いをおそらく皆が抱えていたと思います。

公演終了後、

  • 参加したファンのツイートで 、JIMINが騒動について謝罪の内容を発言した事が拡散
  • そしてその直後に所属事務所から、被爆者の方達への謝罪はすでに済んでおり、今後の活躍を応援するというメッセージもらった事が発表

されました。

この対応をどう受け止めるかは人それぞれですが、幼少期を長崎で過ごし、おそらく世の中のほとんどの人よりも原爆教育をしっかり受けている私は、誠実だと感じました。派手な会見を開くのではなく、まずその方達に最初に謝罪をする。そして、見守ってくれていたファンにはメンバーの口から直接説明する。

一連の流れを見て、私の目に「悪」はむしろメディアだったように映りました。

この一件で、一番傷ついているのは被爆者の方々。その被爆者の方々は、こんなかたちで原爆のことが報道されることを望んでいるんだろうか。パフォーマンスをする人にせよ、ニュースを報道する人にせよ、なにかを表現する人たちが気にしなければいけないのはまずそこだったんじゃないか。

しかも、対応後のことを報道した日本メディアはほとんどありませんでした。あれだけ騒ぎ立てて、煽りまくって、落とし前も付けないのか。直接自分に関わるわけでもないことで、失望という感情が湧き上がってきたのはこれが初めてだったかもしれません。

この出来事があって以来、私はテレビを見る行為を意識的に減らしました。

ニュース番組も基本的には見なくなりましたが、代わりに、Twitterで気に入ったフリーライターや信頼できると判断したメディアのアカウントをフォローするようになりました。これは言い換えると、自分に都合のいい情報だけを仕入れるようになったともいえます。

情報の信頼性という意味では、大手メディアに現時点では敵わないのかもしれません。ただこれから、そう言う傾向が確実に強まるだろうと感じています。皆で同じテレビ番組を見るのではなく、それぞれ自分だけのメディアを複数持つ時代がくる。

そこに、私は食いついていきたい。

情報を、正しく受け取って、正しく発信できる人になりたい。

これが、最近の私のテーマです。

【私×動物×環境保護×農業×馬×情報】

エンジニアになるためにブログ始めたら書くことにハマった

情報というところを意識するようになると、私が仕事にしている、これからもしたいと思っている、農業はどうもそこから遠い位置にあるように思えました。実際はそんなこと全くないんですが、ただ現状は違う。ほんとうは、もっと色んな技術を駆使すれば効率的にもなるだろうし、進化もするんでしょう。でもまだそこまでいっていない。

私はこのまま農業の世界だけで生きていって、納得できる生き方ができるんだろうか。

私が好きな分野(農業とか自然とか動物とか)は「アナログ」なものだけれど、これからはそこに「デジタル」を上手く組み合わせられる人でないと生き残っていけなそうだ。なにか技術を身につけなければ、と私は思いました。

実務」×「クリエイティブ」とも言えるのかな?

最初は、プログラミングを習得してエンジニアになろうとしました。発信するには、何にも忖度しない自分だけのツールがないといけないと思ったからです。

とはいえ何もわからないので(パソコンすら持ってなかった)、とりあえず詳しい人に直接話を聞いてみたいと思って、同じ県に住むエンジニアの方をSNSで探して、実際にお会いすることにしました。とても親切な方で、お金を払わなくていいんだろうかというくらい丁寧に説明してくれました。さらに、今すぐできる具体的なアドバイスとして、勉強したことをブログに綴ってアウトプットするといいよと教えてもらったので、帰ってから早速実践することにしたのです。

それがこのせシうだBlogなんですが、とりあえずで色々な記事を書いて下書きに貯めているうちに「私って書くことわりと好きだな」ということに気づきました。意識したことが今までになかったわけではないんですが、仕事にするなんてとてもじゃないけど思っていなかったので、自分の中では大きな発見でした。好きというか「苦じゃない」のかな。早くもないし、納得できるものもなかなか書けないけど、続けられそうだなあと。

心の中で言葉にするのもドキドキしましたが、、、書ける人、ライターになりたい!

言っちゃった(笑)

正確には、書くことが武器になるようにしたい!かな。

ブログも見切り発車で始めましたし、この先考えが変わったりも(絶対)するでしょうけど、表面の状態が変わるだけで、私の中ではすべて一本の道で繋がっていることなのでいいかなと思っています。1ヶ月後くらいにYouTuberになるとか言ってたらウケますね(笑)

【私×動物×環境保護×農業××情報×書く】

今のところ、私が語れるのはこのくらいです。

その他のSNSなどのリンクを貼っておきますので、ぜひフォローしてください。フォロワー数を増やして影響力を強めたいとか、そっちがメインの目的じゃないんですけど、とにかく今はアウトプットすることをこわがらない自分になりたいと思ってます。つたないコンテンツが多いですが、コメントなど残してくださるとめちゃくちゃ励みになります。そして、このプロフィールページもちょくちょく更新してもっと面白くしていくつもりです。

最後まで読んでくださってありがとうございました。おわり!

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note:せシうだ@馬と農業

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